7期生・石黒さんより⑩

石黒さんから記事が届きました。前回予告されていたとおり、ボランティアー警察官についてのお話です。一体どんなものなんでしょうか?


ボランティアー警察官

今回の記事は、私が20数年前に此処で経験した、ボランティアー警察官に付いて書いてみようと思います。こういう制度は日本の警察ではありません。今ネットで検索してみたんですが、イギリス連邦の多くの国でこういう制度があるみたいです。

私にはトロント生まれの娘と息子の二人の子供がいますが、子供たちが大きくなった時に、娘には学校を卒業してからは、好きな仕事についてもらえばいいと思っていたんですが、息子には、このカナダでカナダ社会で人の為になる職業についてもらおうと考えていました。具体的に言うと、警察官か学校の先生になってほしかったと思います。私の亡くなった父親が昔大阪府警で警察官をやっていたので、自分なりに警察官に少しあこがれがあったと思います。学校の先生の職業に関しては、どういうことをするのか大体想像がついていたんですが、カナダの警察に関しては全く分からない状態でした。親の希望を子供に押し付けるのは子供にとっては迷惑なことだと思います。ましてや警察の仕事がどういう物であるかも分からずに、警察官になれとはとても言えないと思いました。そういうこともあり、自分でも少しこちらの警察のことが分かればなと思っておりました。

息子がちょうど高校卒業の2年ぐらい前だったと思うんですが、こちらの警察ではボランティアー警察官という制度があると人から聞き、さっそく近くの警察署に行ってそのことに付いて聞いてみたんですが、ボランティアー警察官についてのパンフレットを頂き家に持って帰って読んでみました。パンフレットに書かれていたことを読んでみて自分でもできるのではないかと思い、そこに書かれている連絡先に興味があるということをお伝えしました。後日警察から返事が来て最寄りの警察署で、警察本部からの人と面接を行うとのことでした。面接ではどうしてボランティアーに興味があるのかとかありきたりの質問をされました。後日メールが来てボランティアー警察官としてのトレーニングがもうすぐ警察本部で毎週一回始まるので出席するようにと書かれていました。トレーニングは確か4-5か月ぐらい続いたと思います。

警察本部で最初のクラスが始まったんですが、クラスの中には私みたいにボランティアーをしたいという人たちが20名ほど来ていました。ほとんどが白人の若い男性で、それと中国系の人達も数人いました。私がクラスで一番歳を取っていたと思います。今からちょうど24年ぐらい前の話しで私が50歳頃の時でした。

(↑ボランティアー警察官卒業式の写真です。年は1999年で私がちょうど50歳ごろです。ポリスチーフからボランティアー警察官の任命状を頂いているところです。)

ボランティアー警察官のトレーニングの内容に関しては、最初教室の中で講義があって、その後には体育館で逮捕術、マットの上で防護品を体につけて相手と殴り合い、蹴りあいの練習、鉄製の折りたたみ式の警棒の使用練習、その後では警察本部の地下にある射撃練習場で、警察官が使っているのと同じ型の拳銃とショットガン(散弾銃)の射撃練習、それから本部の外での無線を使って、相手と無線での交信練習とかをしました。ここにもう少し詳しく各トレーニングの内容を書いてみたいと思います。

教室の講義の中で一番多く時間を取った授業は法律に関係することだったと思います。あと警察機構の事とか、ボランティアー警察官が行う活動項目、拳銃、手錠、警棒に関する話とか、沢山の事をクラスの授業で教わりました。


手錠をかける訓練では、犯人を腹ばいにさせて、両手を背中に回させて片腕から順次手錠をかけるんですが、これがなかなか思う様に行かなくて苦労しました。実際の話になると警官3人ぐらいで相手を抑え込んでからやらないと、手錠をかけるのは難しいかなと思いました。訓練では相手は抵抗しないので、それほど難しくはないと思うんですが、実際の時には相手は抵抗しますし力もかけてくるので、警官一人で手錠をかけるのは難しいと思いました。

警棒の使用訓練では、どういう様に折りたたまれている警棒を開き又しまい込むのとかを教わりました。使用するときは相手のどこをたたくのかとも教わりました。

一連の訓練の中で一番緊張したのは射撃訓練でした。私は最初ボランティアーの訓練だからまさか射撃訓練はないだろうと思っていたんですが、トレーニングの最初の頃教官からクラスの中でトレーニングの内容を説明してもらった時に射撃訓練の事を言われて驚きました。射撃に関しては、普通警察官が日頃使っているのと同じ型式の拳銃と、ショットガン(散弾銃) の訓練も行うとのことでした。

警察本部の地下に射撃訓練場が設置されていました。訓練生全員防弾チョッキを着て、防護眼鏡をかけて恐る恐る中に入っていきました。
訓練場は入ったところにガラス張りの教官が中からマイクで指令を出す部屋があり、一度に5人ぐらいが同時にターゲットに向かい拳銃を発射できるような通路が20メーターぐらいの長さで作られていました。各通路の天井の所には、金属のケーブルが張り巡らされていてターゲット(標的)の紙が天井から吊るされていました。このターゲットは教官の指令室からリモートコントロールで、前後に動く様になっていました。

拳銃はオーストリアのグロック社製のセミオートマチックの拳銃で、マガジン(弾倉)の中に弾が11発入りました。この拳銃はとても使いやすくて、北アメリカの警察の標準の使用拳銃になっているみたいです。私自身生まれて初めての射撃練習でかなり緊張しました。英語で拳銃発射までの命令を今まで聞いたことがなかったので、教官が言っているすべての言葉を間違いなく理解しようと緊張して聞いておりました。私が間違って命令を理解して行動してしまえば、実弾を使って射撃練習をしている状況ではとんでもないことになるのでかなり緊張していました。教官の命令は初めて聞いたのですが、問題なくすべての練習を無事に終えることができました。

拳銃の射撃訓練は、最初拳銃を両手でもって、5メートルぐらい離れたターゲットの紙に書いてある丸を打ち抜きます。ターゲットがだんだんと後ろに下げられて、それを止まるごとに撃っていきます。立った姿勢で撃つのが終われば、今度は片膝をついて撃ちます。それが終われば、今度は床に寝そべって撃ちます。それが終わると次は片手で的を狙います。拳銃に関しては片手でも撃てます。それにリコイルと呼ばれる撃った時の反動もありません。我々が練習で使った拳銃はセミオートマチックと呼ばれる拳銃です。私の父親の大阪府警が使っていた拳銃は、撃鉄がついていて、毎回撃つときに、撃鉄を引かないと撃てなかったと思います。セミオートマチックの拳銃の場合は、撃鉄をひかなくても、ただ引き金を引くだけで、弾が発射されます。これがオートマチックの拳銃になると、引き金を引き続けると弾が連続して出てきます。オートマチックのタイプの拳銃は小銃になると思います。

拳銃の撃ち方訓練が終わると次は、ショットガンの射撃練習です。ショットガンというのは日本では猟銃と言われていると思います。ショットガンは長くて重いので、両手を使わないと撃てません。撃つときは銃の端の木の部分を自分の右肩にあてて撃ちます。撃った時に結構大きな音が出ますし、また反動も結構あって拳銃よりも扱い方が難しかったと思います。使う弾は2種類あって、鉛の粒がたくさんある弾とスラッグと呼ばれる大きな鉄の塊の弾を使うこともできます。ボランティアー警察官は拳銃を持たないので、教官がもし現場で銃で自分の身を守る必要があればボランティアー警察官はショットガンを使う様にと言われていました。

一回の射撃訓練では一人当たり拳銃の弾は100発以上撃ったと思います。弾倉が空になるごとに、訓練場の隅に置いてある白いバケツの中に入っている弾を補填するんですが、何かほんとに無造作に置いてあるという感じでした。この射撃訓練は毎年一回すべてのボランティアー警察官が警察本部に呼ばれて行うことになっていました。ボランティアーであろうと拳銃の扱いについては、知っておくべきであるという方針の様でした。

私が小学生の頃に父親から言われていたのは、警察官が人を撃つときは急所を外して撃つようにと教官から教わっていたようです。しかしながら、こちらの拳銃に関する講義で何回も言われたことは、拳銃を撃つときは大きなターゲットを狙い、即に危険を取り除けと言うことを何回も講義で言われました。Eliminate the threat right away! つまり体のど真ん中をめがけて撃って危険をいち早く取り除けということでした。それをしないと、自分が殺されるからです。こちらでは警察官が犯人を撃つことに関しては、日本と比べるとハードルが非常に低いと思います。講義で武器を持っている犯人に対しての警察官の拳銃使用に関しては、相手に大きな声で最低2回武器を捨てろと大声で叫ぶ様にと教えられました。ナイフであろうが、拳銃であろうが、2回大きな声で叫んで近くにいる人達にも必ず聞こえるように教えられました。発砲するときには、急所を外せとかは言われませんでした。

こちらの社会では警察官に武器を持って歯向かう悪い人間は、殺されても当然と言う社会的なコンセンサスがあります。司法も警察をバックアップしています。日本の警察官が発砲するのにはハードルが高すぎて躊躇する隙に相手から武器で殺されるという様なケースが何回も起こってしまいます。

一通りすべての訓練が無事に終わり、一番最後に今まで教室で習った色々な事に関してのペーパーテストが最後にありました。テストが行われた後少したって、ボランティアー警察官のための卒業式が警察会館で行われて、皆警察官の制服を着て会場を行進しました。あとで一人一人ポリスチーフ(警察で一番位の高い人)からボランティアー警察官の任命状を頂き、記念撮影もしていただきました。これで公にボランティアー警察官として、制服を着て外で活動ができることになりました。

卒業式の時に私だけがPlaque  と呼ばれる警察の壁掛け板を頂きました。卒業式まで知らなかったんですが、テストで一番の成績を取り、首席で卒業したと会場で上司に言われました。そのPlaque  の写真を付けておきます。それとそこに書かれている英文も、参考までに書いておきます。

(↑卒業式の時に、クラスで私だけがこの警察のプラーク(壁掛け板)を頂きました。首席で卒業したボランティアー警察官だけに与えられます。警察名と私の警察官番号は載せないでおきます。)

XXXX Regional Police Auxiliary
(XXXX 警察 ボランテアー警察官)

Top Graduate
(首席卒業生)

1999 Recruit  Class
(1999年度 募集 クラス)

Fumio Ishiguro XXXX
(Fumio Ishiguro  警察官番号 XXXX)


ボランティアー警察官は月に最低15時間制服を着て、色々な活動をすることを義務ずけられていました。その活動とは、都市部で行われる色々な行事に参加して、交通整理、群衆整理、イベントで警察広報の援助、迷い人の捜査協力、警察官と一緒にパトカーで町の中の見回り等が主な活動項目でした。交通整理に関しては12月のサンタクロースパレードの時に、脇道で交通整理をやっていました。私はパトカーに乗ってほかの警察官と町の中を見回るのが好きだったので、主に毎月2-3回金曜日の夜7時に昼間の仕事を終えてから、最寄りの警察署に行ってシフト前のミーティングに出て他の正規の警察官達と同じところで、サージャント(日本の警部)から今夜の仕事のことでどういうことが起こるのかとか、色々アドバイスをもらっておりました。それとこのミーティングで私が誰とどのパトカーに乗るのかも言われました。ここでの警察のシフトは朝の7時から夜の7時までと、夜の7時から朝の7時までの二つのシフトから成り立っていました。警察官は3日間12時間働いて、その後4日間休みという制度でした。

私のパートナーになる警察官はほとんどが20代、30代の若い白人男性の警察官が多かったように思います。ミーティングは夜の8時前に終わり、それから二人でパトカーで町の中に繰り出していくことになります。

ボランティアー警察官と正規の警察官が制服を着るときに違う部分として、ボランティアー警察官は拳銃を持たず、また予備の弾薬も持ちません。ペパースプレーと呼ばれる唐辛子の成分が入っているスプレーも持ちませんが、後は装備に関してはほぼ同じだったと思います。防弾チョッキを着て、手錠を持ち、鉄の警棒も持ち、無線も持って、底の分厚い警察用のブーツも履いて出かけます。8時前に警察署を出て、夜中の2時過ぎに警察署に戻ってきて、私のシフトはそこで終わりです。その時パートナーの警察官は警察署で、その晩のレポートを書いたり、警部と話をしたりしてその後一人で、またパトロールに出かけます。

パトカーに乗っていると警察本部から無線とか車に搭載されているパソコンにどこそこの住所に行って状況を見てこいと言う要請が入ってきます。色々な要請があったんですが、一番多かったのが住居の不法侵入でした。それとか喧嘩、パーティーでの雑音、ドメスチックコール、自動車事故、逮捕状の執行、とか色々な要請が入ってきていました。わたしのパートナーの正規の警察官がすべて処理するんですが、私はただそこにいて支援をするというだけの役割でした。警察官の制服着て、事件現場に行き、パートナーと色々な事を経験させてもらい、非常に有意義な5年間だったと思います。いろんな事案で現場に行きましたが、一回も怖いと思ったことはありませんでした。鉄の警棒、それにパトカーの中にはショットガンも積んでいましたし。それと私自身、柔道を長年してきており、人と素手で争うことには慣れていましたし、どんな人間が相手でも捕まえる自信はありました。

5年間ほどボランティアー警察官をしてその後に私が出した結論は、息子には警察官ではなくて教師の道に進んでもらおうと思いました。色々な警察官を見てきましたし、警察の仕事の内容も少しは解った気もして、その時に警察官と教師の仕事を比較して長い目で見た場合教師の方がもっと社会に貢献できるのではないのかなという結論に達しました。

息子は最初英語教師で公立高校の先生になることができました。その後しばらくして、教科主任そして今は副校長として毎日忙しく学校で働いているようです。


8月の初めに娘の家族と私たち夫婦で、カナダ西部アルバーター州のロッキー山脈にあるバンフを訪れる予定をしております。8月にはその記事を書かせてもらおうかと考えています。只今アルバーター州では大掛かりな山火事が何件も発生しており、煙があたりに充満しているみたいです。8月までには収まってもらいたいものです。が

(↑一番右側にいるのが、私です。トロント日系会館で柔道のアシスタントインストラクターをやっていました。柔道2段です。これは5年ほど前の写真です。)

7月の記事は今のところ考えておらずお休みを貰おうかと考えていますが、もし何か思いつけばまた書かせていただきます。


ボランティアーとはいえ、実弾で練習したり、想像してたよりもなかなか高度な技術を要求されるんですね!たくさんの子供たちに囲まれている石黒さんの姿がなんだか凛々しくて素敵です。

石黒さんの過去の記事は、以下からもご覧いただけます。

第1回「大谷翔平選手、トロントで勝利投手に」

第2回「カナダで1番大きな都市・トロント」

第3回「トロントのクリスマスと新年」

第4回「日本人と英語」

第5回「私の英語とドイツ語」

第6回「英語を喋る上で気を付けて頂きたいこと」

第7回「トロントの学校制度」

第8回「カナダの大企業での仕事環境」

第9回「将来海外で活躍するには、大学での学部は英文系、それとも理系?」

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