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大阪府立阪南高等学校同窓会

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【クルーズ船の旅B】7期生 石黒さん



7期生の石黒さんより、「クルーズ船の旅」のエピソードをいただきましたので、こちらに掲載させていただきます。
全3回のうちの、今回が最終回です!



香港の綺麗な夜景をみながら船は次の目的地のベトナムのフーミー(Phu My)というところに向い始めました。地図を見るとホーチミンシティ―は海岸線から約30キロほど内陸にあるので、船はそこには着けないようで、だからフーミーというところに接岸するみたいでした。確か二日後の朝だったと思うんですが、朝目を覚まして外を見ると船は川の中を進んでいるようで対岸が低い樹木で一面見渡す限り覆われていました。こんな大きな船が川を上がって行っているみたいで、川底がかなり深い河だったんだと思います。そうこうするうちに船が岸壁に接岸しました。食事を終えて家族全員としたの階で待ち合わせをして下に降りて行って地上に出たんですが、降りたところが岸壁以外に何もないところで4-50年昔にタイムスリップした感じで、又えらいところに来たもんだと思いました。あの香港のきらびやかで、最新の港湾設備が整っている所からこのベトナムのほんとになんにもない、ただの岸壁に着いたときは少しショックでした。二つの都市でただ国が違うというだけでこんなにも違いがあることに。 

岸壁で義理の息子が手配してくれていた車がすでに待っていてくれていて、皆でさっそく乗り込んでフーミーからホーチミンシティ―に向うことにしました。最初のベトナムの印象というかこの岸壁当たりの場所からホーチミンシティ―までの30キロの間に見た感じでは、かなりマイナスの印象が強かったですね。フーミーの岸壁からホーチミンシティ―に行く幹線道路に出たんですが道路の両側にある建物、お店というか終戦後日本の都会で見られたトタン屋根の家とか、建物がみすぼらしくつくられていて先進国の都会では見れないような建て方の建物がずっと続いておりました。幹線道路を走っていて途中何回も高速道路に乗り換えたんですが、乗り換えるたびに舗装もされていない砂利道をほこりを立てて少し走って又高速道路に乗り継ぐという事が数回ありました。それと高速道路を降りて普通の幹線道路を走っているときに道路際にあったたくさんのごみ。とにかくゴミがあちらこちらに散乱していて、どうしてごみを拾って綺麗にしないのかなと何回も疑問に思っておりました。この前の寄港地の香港の市内がとても綺麗だったので、このベトナムの道路に散乱しているごみにはいささかうんざりしました。


典型的なホーチミンシティ―の通りです。

そうこうしているうちに車はホーチミンシティ―の中心部に着いたようでした。ガイドさんに最初に連れて行ってもらった所はサイゴンスカイデックと呼ばれる最新の高層ビルで、階の上の方に展望台があって市を一面見下ろすことができました。展望台から下を見ると真下にサイゴン川が流れていたんですが、水もあまりなくどす黒い色をして居りました。隣の高層ビルは廃墟のようで中には何もありませんでした。何か先進国では見られないようなちぐはぐするような周りの景色でした。日本だと東京タワーとか、スカイツリーに登って展望台から下を見ると整然とした街並みを見るんですが、このホーチミンシティ―の光景はそういうのではなくて何かかみ合っていないという印象を受けました。


サイゴンスカイデックからの展望。下に見えるのがホーチミンシティ―です。

ホーチミンシティ―の中を車に乗って移動して最初に感じたのは、とにかくモペット、オートバイの数がめちゃクチャ多くて、道路が完全にこのモペットとオートバイで占拠されている感じを受けました。車で移動していたんですが後ろの席に座っていて感じたのは私はここでは車の運転は絶対にできないという思いでした。とにかくモペットとオートバイが蟻の大群の様に動いてあちらこちらから急に飛び出してくるので、後ろの席に座っていて運転手さんを見ているだけでひやひやの連続でした。その時もしここで交通事故でも起きれば警察とかの対応で路上で長時間費やすことに成り、規定時間までに船に戻ることができなくなる恐れもあるのでそういう一抹の不安も頭をよぎりました。  

車を降りて道路の少し離れた向こう側に行くときも2輪車がどんどん来るので、すこしの距離を移動するのにもひやひやの連続でした。ガイドさんの説明では車、バイクが来ていても止まらずに同じペースで歩き続けろという事だったんですが、何も知らない歩く人間にすればかなり怖かったですね。然しながら街の中を車で移動中に、事故らしいものは一回もみませんでした。自分では車の運転にはかなり自信があるんですが、ホーチミンシティ―では絶対に運転はできないと感じました。

トロントにも多くのベトナムの人達が住んでおられます。特にベトナム戦争後に大量のボートピープルがカナダに移住されてこられて、あちらこちらにベトナム系のレストランなどもオープンしていて、トロントではベトナム料理は結構どこでも食べられます。特に一般的なのはポー(フオー)と呼ばれているお米で作られている麺の中にスープとお肉とかで食べるのがとても有名です。私も大好きでよく家の近くのベトナム料理のお店に食べに行きます。 

お昼はガイドさんのお勧めでホーチミンシティ―の有名なお店に行ってポーを食べました。トロントでよく食べるメニューの麺をオーダーしてもらい食べたんですが、スープはまあまあよかったんですが、スープの中に入っていた肉が少し硬かったですね。トロントのお店の方がおいしかったような気がしました。


ベトナムのパンケーキ。野菜を適当な大きさにちぎって、
少量のパンケーキを野菜に包んでから野菜を甘いソースにつけて食べます。


ポーのお店を出て、そこから歩いて5分ぐらいの所にあるカフェーに連れて行ってもらいました。なぜこのカフェーなのかというと、このお店の床のカバーを外すとそこには地下に続く階段があってその中にはべトコンの特殊部隊の隠れ家がつくられていました。階段を下りていくとそこには大きな部屋が二部屋あって一つの部屋には大きめのテーブルと椅子が周りに置かれていました。もう一つの部屋の壁には軽機関銃が十数丁立てかけられていました。もちろん弾は入っていません。昔サイゴンで戦闘があった時にベトコンが此処の地下に隠れていたんだろうなと思いました。このカフェーで見たべトコンの隠れ家で1969年の沖縄の事を思い出しました。アメリカがベトナムから撤退したのは1973年の事ですので、私が沖縄を訪れた1969年当時はアメリカと北ベトナムの間で戦争の真っ最中でした。


カフェ、ベトコンの隠れ家。表向きは普通のカフェでしたが、
この地下にベトコン特殊部隊の隠れ家がありました。


その時分には沖縄はベトナム戦争での物資の供給基地としてまた傷ついた兵隊並びに一般の兵隊たちが休養をすることで基地が使われていたと聞いています。私は那覇に着いてから北部の名護までバスで国道一号線を使って北上したんですが、その時に非常に多くのアメリカの軍用トラックや、長くて大きな建設用機械を乗せるトレーラーなどをいくつも道路上で目撃しました。現実に戦争をしているんだなと感じられるずにはいられませんでした。その当時はもちろん沖縄はアメリカの占領下にあって、沖縄内で使われていた通貨はアメリカドルでした。 其の当時は一アメリカドルは日本円360円ぐらいの為替レートだったと思います。道路も車は右側通行でした。日本人が沖縄に行くのにはパスポートでなくて、都道府県庁で発行している灰色のカバーの身分証明書を携帯する必要がありました。当時私自身沖縄に関しては全く何も分かっていない状態で行ったんですが、色々旅の途中で戸惑うことが多々あったと思います。  

最後にガイドさんに連れて行ってもらった所は市内の郵便局の本局の建物でした。この建物はだいぶ前にフランス人の設計の下に建てられたと聞いております。フランスがインドシナを占領下においていた時だと思いますのでかなり昔の事ですね。建物に入ろうとみんなで車から降りて歩き始めたんですがその時めちゃ蒸し暑くてまた気温もかなり高くて汗びっしょりになっていました。12月の初めでこんなに暑い経験は今までありませんでした。香港では快適な気候だったんですが、すこし距離が離れているベトナムは湿度が高く高温でした。郵便局の中は人でごった返しておりました。多分観光の目玉スポットで多くの白人の観光客が来ていたんですがそれと地元の人達も手紙を出しに来ていたと思います。建物の一番奥の壁の上の方にホーチミン大統領の肖像画が飾られていました。ベトナムに関して言えば今は発展途上の段階では無いでしょうか?先進国の日本なんかと比べるとまだインフラとかが貧弱なようなきがしました。


郵便局本局の建物。フランス人の設計によるものです。


郵便局本局の中のクリスマスツリー。
奥の壁に飾られているのはホーチミン大統領の肖像画です。


ホーチミンシティ―からの返り道何事も無く車は無事に港まで時間内に到着することができて一安心をしました。

数日後の朝早く最終港のシンガポールに船は到着しました。遠くに見えるシンガポール港の後ろにそびえたつ多くの超高層ビル、光輝いておりました。前回の寄港地のフーミーと比べると天と地ぐらいの差がありました。船が横付けした岸壁も最新設備を整えたターミナルビルでした。ここでほとんどの乗客が下りることになっていたんですが入国手続き、タクシーの手配等でかなり時間がかかりました。ホテルに到着してみんなで少しゆっくりした後、車でボートクルーズができる場所に行ったんですが最初のシンガポールの印象はとにかく暑かったですね。湿度も80%ぐらいあって温度が32度だと聞かされました。12月の初めでこの暑さであれば夏に成ればどうなるのかなとほんとビビりました。少し待ってボートにみんなで乗り込んでシンガポール湾を見て回りました。しばらくするとあの有名なマーライオンの像の所に来ました。口から水を吐き出していました。周りにたくさんの観光客がいるのも確認しました。シンガポールに来れば皆さん此処までいらっしゃるようです。


少し沖合のボートから見たマーライオン。
後ろは金融街の高層ビルです。



マーライオンと私。この日は暑かったですね。

シンガポールには2泊の予定でした。義理の息子がホテルをオーチャード ロードの近くに取ってくれていました。場所的に言うと大阪なら心斎橋あたりになるんでしょうか。ホテル、ショッピングセンターなど色々ありまして、又人どおりも結構ありました。最初の日は家族で行動したんですが、次の日は私一人で地下鉄を使ってシンガポールの街を歩いてみようと思い、一人であちらこちらに行きました。シンガポールも香港と同じで、街はとてもきれいで、車とか人の流れも全然問題はなかったですね。あのホーチミンシティ―に比べると、シンガポールは安心してどこでも歩けます。あちらこちら歩きましたが、危険な場所とかはなかったですね。それと数人の人達に道を尋ねたり色々聞いたりしたんですが、皆さんほんとに親切な方達でした。日本人以上に親切ではないかなと感じました。シンガポールでは言葉は英語が公用語です。ですから英語でどこでも用がたせます。シンガポールで話されている英語には独特のアクセントがあるんですが、私にとってはとても聞きやすい英語です。北米の英語の様に巻き舌で重い英語でなくて、軽めのいい方なので大変聞きやすいと思います。


リバークルーズの所に出ていた禁煙サイン。此処でタバコを吸うと
最高2千ドルの罰金です。20万円ぐらいでしょうか。
 

市内観光をするときに交通の手段として地下鉄を利用させてもらいました。地下鉄の駅構内、プラットフォーム、それに電車の中とても清潔で乗り心地も良かったです。切符に関しては日本ととてもよく似たシステムを使っています。少し調べたら電車はALSTOMが提供しているみたいです。フランスの会社ですね。


地下鉄のプラットフォーム。プラットフォームは日本と少し型式は
違いますが、うまく造られています。


座席はプラスチックでした。
長く座っているとお尻が痛くなるかも。


偶然にもホテルのあったところからショッピングモールやデパートまですぐそばの場所だったんで、色々と便利な感じを受けました。ホテルから出てオーチャードロードを歩いていますと、道路の両側に大きなお店が立ち並び、又幅の広い歩道には人があふれておりました。高島屋もこの通りにあります。中に入ってみますと沢山のお客さん達でにぎわっておりました。地下の食料品売り場に行きますとここも多くの人達で盛況でした。日本のデパートの食料品売り場の配列とは少し違うようでしたが、でも雰囲気はとてもよかったです。高島屋のビルの隣に色々なレストランが入っているビルになっていて、回転ずし、並びに大阪の王将の餃子屋さんの店もありました。ここに住んでいるとホームシックにはならないのかなとも思いました。


高島屋のビル。ビルの真ん中あたりに赤い字で
Takashimayaと書いてあります。


シンガポールの日中は兎に角暑くてまた湿気も高くて少し参りました。歩道のところどころにクリスマスツリーが飾られて、又クリスマスソングも流れていましたが、気温32度で湿度80%の環境でグリーンクリスマスはなんかピント来ませんでした。私の感覚ではクリスマスは寒くてホワイトクリスマスであるのが当然なので、シンガポールのクリスマスはちょっと受け入れることができませんでした。 

街を歩いていて感じたのは、街の通りの角には必ずと言っていいほど7-11の店がありました。どうしてこんなに多いのかは私には分かりませんでしたけど、とにかく多かったですね。店の中に入って商品の種類とか値段を見ましたが、日本のコンビニに比べると商品も少ないし、又値段も高かったと思います。私はコーヒーが好きなので毎日3-4杯は飲むんですが、シンガポールで一つ気になったことはマクドナルドとかほかのコーヒー屋さんに行ってもクリームは置いてなかったですね。クリームの代わりにミルクを渡されました。これには少し戸惑いましたね。クリームを置いてないなんて信じられなかったです。 クリームとミルク(牛乳)ではコーヒーの味が全然違います。

道路標識などに関しては、すべて英語だけの表示でした。香港では中国語と英語の両表示になっていましたが、シンガポールでは英語だけの表示でした。

楽しかった2日間のシンガポールもあっという間に終わってしまい、3日目の朝早いうちにホテルを出払ってシンガポール チョンギ空港8時発バンクーバー直行の飛行機に乗れるように、空港に向かいました。羽田、成田、関空、トロントの空港はかなり新しくて綺麗なんですが、このチョンギ空港もかなり綺麗でした。シンガポールからバンクーバーまでノンストップで14時間かかると予定表には書かれていましたが、私はどういう様なコースで飛ぶのか少し興味がありました。地球儀を思い出すと、何となくハワイの近くをとんだ方が早くつくような思いもしたんですが、実際にはシンガポールを離れると、南シナ海、台湾の下、日本の下、カムチャッカ半島の下、アラスカの下の方を通ってバンクーバーに到着しました。自分が想像していたコースとはずいぶん違うところを飛びました。 

バンクーバー到着後、トロント行きの飛行機に乗るまでに4時間ぐらいあったので、皆でバンクーバー空港内をぶらぶらしていますと、ちょうど空港内の待合室付近にフードコーとがあって、色々な食べ物を売っていましたが、そのうちの一軒が日本のホットドッグを売っているお店でした。暫くお店の方を見ておりますと、結構皆さん買っているみたいだったので、私も並んで一つ買うことにしました。担当の人は日本人で30歳過ぎの関東訛りのある女性でしたが、言葉遣いが大変はっきりしていて、接客もきびきびとした対応で非常にうれしくなりました。若い日本の方が異国で頑張っておられるのを見ると、私もなんかエネルギーを貰ったような気持ちに成り、大変うれしく思いました。これからも頑張っていただきたいですね。その後5時間ほど飛行機に乗りトロントについたんですが、外は真っ暗闇で地面には白いものが積もっており、気温はマイナスの10度だと聞かされました。シンガポールが30度を超えていたので、気温40度差は年寄りの体にはきつかったです。











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