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大阪府立阪南高等学校同窓会
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【クルーズ船の旅A】7期生 石黒さん
7期生の石黒さんより、「クルーズ船の旅」のエピソードをいただきましたので、こちらに掲載させていただきます。
全3回のうちの、今回は第2回です!
大阪難波高島屋の8階のレストランで家族と食事をして楽しい時を過ごした後、難波から地下鉄御堂筋線で本町まで行き、中央線大阪港駅まで帰りました。娘家族はそこから海遊館に行って見学をするとのこと、私は別行動をして大阪港駅の階段を下ったところにあったたこ焼き屋さんでたこ焼き6個買って椅子に座っていただきました。クルーズ船の食材の料理もおいしいんですがたまにはこういうたこ焼きみたいなシンプルな食べ物もいいかなと思いました。時間的に夕方の時間ですぐそばにあった大観覧車に明かりがともっており大変綺麗に見えました。
船に帰ってきてしばらくしてベランダに立っておりましたところ、船の出航時間が来たみたいで、船が岸壁をゆっくり離れるような感じがしました。その時にどこかから綺麗な合唱が聞こえてきました。聞いていると日本語のような歌だったんですが少し離れていたので何を言っているのかよく聞き取れませんでした。船の中央部分当たりの岸壁からどうも若い5-6人の男女の方たちがマイクを使ってバックの音楽と合わせて歌っておられたんですがとても素敵な歌声でしばらく聞きほれていました。何かロマンス映画に出てくるような切なくて悲しい別れの歌声の様に私には聞こえました。あたりは暗くなっていて、綺麗な歌声が響き渡りその後ろにはキラキラと電光で光る大観覧車があり、ほんとにロマンチックな別れになって目頭が少しうるんでくるような気持になりました。後にも先にもこういう切なくて悲しい別れは大阪でしかありませんでした。
クルーズ船が天保山埠頭から離れて行くところです。
大阪から台湾まで船で行くと2-3日かかります。11月の終わりだというのに船の甲板にいてもそれほど寒いと感じなくて過ごしやすい気温が続いていました。船の中をあちらこちら歩き回ったり、15階の甲板にある長椅子で少し日光浴をしたり、また同じ階にある卓球台で皆さんと卓球を楽しんで居りました。そうこうしているうちに朝早く起きてみるとちょうど船が基隆(キールン)港に入る所でした。どうも湾内でぐるっと向きを変えて岸壁に接岸しているところでした。初めて見る基隆の港の印象は大阪の近代的な天保山埠頭に比べると2-30年昔にタイムスリップしたみたいな感じでした。船から見える基隆の街の印象も大阪に比べるとどこか少し古びた地方都市の様に見受けられました。
朝早く基隆(キールン)港に到着しました。
日本統治下の基隆港はもともとは大きな船が入れる港ではなくて日本人の土木技師達の努力によって大きな船が着けられるように港湾を整備されたという事がインターネット情報に書かれておりました。多くの日本人の方たちの努力の結果今の様に10万トンクラスの船も岸壁に横付できるようになったみたいです。岸壁には観光バスが数台すでに停車していてクルーズ船から乗客が下りてくるのを待っているところでした。義理の息子がすでに7人乗りの車を手配してくれていたようで船から降りるとすでに車が止まって我々を待っていてくれました。初めて台湾に足を踏み入れました。
車に乗っていて最初に感じたことは車は北米と同じ右側通行でした。日本と反対ですね。それと道路上にやたらとモペット(スクーター)が多いなと感じました。まあ市民の足として使われているんだと思いますが日本に比べるとかなり多かったですね。オートバイよりも小さくてでもホンダのカブよりは大きいかなと思いました。台湾のモペットの数が多いなと感じたんですがでも後で解ったんですが、ホーチミンシティ―に比べると台湾のモペット数ははるかに少なかったですね。ホーチミンシティ―のオートバイ並びにモペットの数は異常ですね。多すぎる感じがしました。
ジウフェンから基隆港方面を望む
軽く朝食をみんなで食べた後基隆で有名な観光地のジウフェンというところに向いました。後で解ったんですが、何か山の上にある古い街みたいなところでした。車は基隆港を後にして海岸沿いにある道路を少し走りそれからだんだんと山の上の方に上がっていきました。山の中の道路は結構狭く片道一車線でまたそこを市バスとか観光バスも通るので歩くのには少し危険なような感じがしましたが結構多くの方たちが歩いておられました。山の中腹ぐらいについて皆車から降りて、すこし坂を下った所にあった通りの入り口みたいなところから長く続いていた商店街に入っていきました。
ジウフェンの商店街
狭い道の両側に小さなたくさんのお店が出ていてまたその道を非常にたくさんの人たちが通るので、とても混んでおりました。お土産さん、食べ物やさん、飲み物やさん、とにかく通りはたくさんの人達でとても混んでおりました。通りの突き当りの所で台湾スタイルのティーハウスがあるというので娘たちの後をついていきますと、格式のある昔からのお茶屋さんみたいな感じで、お店の裏にあるティーハウスの別館に移動しました。係りの人の案内で椅子に座り、台湾式のティーセレモニーをしていただいて、それから台湾茶をみんなで楽しみました。日本の様にセレモニー自体は難しくなく、簡単なものでしたがみんなで台湾茶と甘いお菓子を頂いて、満足しておりました。ティールームにはテーブルが5つほど備えらえていて、結構たくさんの人たちが台湾茶を楽しんでおらえました。ちょうど私たちの隣に座られていたグループは愛知県から来られていて人達でした。担当の人も台湾語のほかにも結構上手な日本語で、お客さんに対応されていました。
ティーハウス
ティーハウスを出た後は元来た道を戻り、大通りに出たところで、手配の車に皆乗って又キールンの市内に戻ることにしました。その後は皆でお父さん、お母さん経営の台湾の小さな麺類店で麺類を頂きました。私が食べたのはうどんみたいな太い麺のヌードルでそれに牛肉がついてくるものでしたが、ほんとスープも麺もお肉も大変おいしかったですね。トロントでも私はよく台湾系の麺類点で食事をすることがあります。短時間の基隆滞在ではありましたが、観光の後みな無事に船に戻ることができました。しばらくすると船が岸壁を離れるのが見えて次の目的地である香港に向かい始めました。
クルーズ船に乗る前に前もってどこの港にいつ何時ごろから寄港して何時ごろ出発するという情報が各乗客の下に送られます。大きな港だと10時間から12時間ぐらい留まるんですが小さな港だと6-7時間に成ります。寄港地での観光は2種類あってクルーズ船の団体ツアーに参加するか、それとも個人で車を手配して観光をするかなんですが、クルーズ船の団体ツアーに参加すると、観光中に何か不祥事が起こり送れる場合でもクルーズ船は港で待っていてくれますが、個人の場合は船の出発時刻までに帰らないと船が出てしまうという事に成ります。そういうリスクもあるので、個人で手配をする場合は用注意ですね。船に乗り遅れると次の寄港地まで飛行機で飛んで船より先に港についていなければなりません。
基隆市内観光から帰船。
船に乗るときに名前を確認されます。
トロントで見ている香港から来ている人達、又テレビなどで見ていた香港の混雑した風景、古っぽくて少し汚いような建物とかのイメージが頭にあって今まで香港には是が非でも行きたいなとは思ったことがありませんでした。そういう事もあって今回自分の目で実際に香港を見てみたいという興味心がありました。実際の所香港では街の人達はどういうところで、どういう様な生活をしているのかなと、非常に興味を持って旅行に臨んでおりました。
台湾を後にして数日後に早朝の香港の港に着きました。港の印象は基隆に比べると大変モダンで最新の創りの様に見えました。台湾の基隆港に比べるとまた30年ほど近代にタイムスリップしたような感じでした。港に停泊している船から向こうの方に並んでいる高層ビルがいくつも見えました。超最新型の建物で光輝いておりました。基隆港の近くにあった古ぼけた建物とずいぶん違う光景でした。下船すると義理の息子がすでに手配していた車のドライバーが港ターミナルの外で待ってくれていました。皆この車に乗って香港観光を一日することになっていました。
香港の市内通り
最初に行ったところは香港の地元の皆さんが良く行く朝食を出しているところでした。そこでみんなでトースト、マカロニ、ドリンクなどを頂きました。店の中は大変混雑していて、ものすごく活気があったような感じでした。値段も安いからこんなに朝から人が多いのかなと思いました。そこから少し歩いて色々なお店が立ち並んでいる通りまで歩いたんですが、私の最初の香港の印象は、すごくきれいで、車も人もちゃんとルールに従って動いているなという印象を受けました。それと市内なんですがやたらと高層ビルが多かったですね。新しいのやら昔からある古いのやら、とにかく大阪難波とか梅田の近くではこういう高層ビルは建ってないと思いました。香港にはほんとに高層ビルが多いんですが、やっぱり地震がないからなんでしょうね。それと驚いたのは、道路にごみが一つも落ちていなかったことですね。とにかくどこに行っても道がとにかく綺麗かったですね。私が持っていた街が汚いという先入観は完全に間違っておりました。
香港の市内の道路事情に関しては、車が整然と道路を走り、運転手たちがホーンを鳴らすこともなく、日本の様に皆さん確かな運転をされていたように思いました。また大変多くの色とりどりの2階建てバスが走っていました。台湾、サイゴンのようなモペットはあまり見かけませんでした。道路事情に関しては、日本とよく似た状況でした。それと道路上での交通標識、通りの名前とかは中国語と英語の両表示になっていました。勿論車は日本と同じ左側通行です。街の中を歩いていても、不愉快になったことはありませんでしたし、歩いて色々なお店を見て回りましたが、ほんとに楽しかったですね。香港には一日しかいませんでしたが、もし将来時間などがあれば、又行ってみたい街ですね。非常に楽しいところだという印象を受けました。今まで自分が持っていたイメージとは全然違うところでした。
香港の市内通り
昼食は香港で有名な點心(飲茶)を頂きました。色々なものを食べましたが大変おいしかったです。トロントでも點心は大変好評で私も何回も食べてますが、やはり本場の物は又一層美味しい様に思いました。お昼を食べ終えて、それからみんなで車に乗りビクトリアピークまで行く予定になっていました。一人でリュックを担いで旅行しているのではなくて車に乗せて貰ってあちらこちらと連れて行ってもらっていたので自分が今どの辺いいるのかさっぱり見当がつきませんでした。
點心(飲茶)
そうこうしているうちに坂のあたりに来て車が止まり、皆で歩いてすぐそばにあったビルの中に入って行ったんですが、これはどうやらケーブルカーの乗り場の様でした。昔のケーブル―カーの模型とか置いてありました。正確な名前はビクトリアピークトラムと言われているみたいです。このケーブルカーでビクトリアピークまで登るみたいでした。しばらくすると、緑色をしたかなり大きなケーブルカーが駅に入ってきました。ケーブルカーに乗るなんて何十年ぶりでしょうか?ケーブルカーは満員でゆっくりと山を登って行ってしばらくすると頂上に着きました。
ケーブルカーがふもとの駅に到着して、乗客が下りるのを
待っているところです。
ついた駅が超近代的な駅で、中はショッピングモールのような感じになっていました。駅の周りは観光客で満員でした。皆さん駅の中で食事をしたり、外で写真を撮ったり、結構にぎやかな所でした。それにしても駅の周りはどこでもごみひとつ落ちてなくて非常に綺麗に整備されていました。外に出てみると目の下にたくさんの高層ビルが見えました。又はるか向こうの対岸の九龍にあった高層ビルも見られて香港は本当に超高層ビルの街だなと感じました。ビクトリアピークは夜警がとても有名ですが我々がついたときはあいにく薄曇りでお昼の3時ごろだったので、ビクトリアピークから見る夜警は楽しめませんでしたがここから見る香港の景色は大変素晴らしい物でした。
広大な東シナ海、南シナ海を航行中に夜時々ベランダの長椅子に座りながら海をボケーっと見つめるのが好きでした。椅子に座っていると聞こえるのはザーザーという波の音だけなんですが、真っ暗な海でその単調な連続音を聞いてますと心が落ち着くような思いがしました。陸に近いところを航行中は遠くの方で赤々と電球をつけた漁船たちが漁をしているのが何回も見えました。椅子に座って暗い海をみておりますと時々私の亡くなった父親の事を思い出しておりました。戦前戦争の為に日本からこの近くの海を渡って中国大陸に行っていたんだなと思い起しておりました。今の平和な時代に戦争でなくて遊びで船に乗って楽しんでいる自分が大変ラッキーな人間だと思い感謝の気持ちでいっぱいでした。
ケーブルカーとビクトリアピークの頂上の駅です。ビクトリアピークは
香港島にあって写真は対岸の九龍を見ているところです。
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